受験屋本舗さかた塾

2017年度尾道新規開校・東京大学現役合格講師による直接対面授業の難関大学専門塾

学校の予習復習もしているし、 塾にも通っているのに、 英語の成績が上がらない…

学校の予習復習もしているし、塾にも通っているのに、英語の成績が上がらない…

 

そんな悩みをもっていませんか?

僕は最初英語ができませんでした。やってもやってもできなくて、頭ごなしに怒られて。
自分は頭が悪いんだ…と落ち込みました。
違うんです。悪いのはあなたでも、あなたの頭でもありません。
だからそういう悩みを抱えている人を一人でも多く助けたいと思います。
多くの場合、授業や学習の進め方に問題があるのです。

 

 

その授業は、

・長文とは名ばかりの単語文法語法説明ばかりの授業ではないですか?
 それは長文の授業ではありません、文法・単語の授業です。長文が読めるようになることはあり得ません。長文指導ができないので、文法単語でお茶を濁すことを僕は長文の授業とは呼びません。がりがりノートをとって、復習も徹底して、しっかりがんばっているのに、結果できるようになるのは、文法単語だけ。入試の中で文法の割合は極めて低くなっています。(センター試験で30点/200点・2次私大では文法が直接は問われない場合も多いです)中堅私大だけを受けるならばそれでも問題ないかもしれませんが、難関大学に受かるためにはまったく異なるベクトルの学習をしていると言わざるを得ません。

 

・日本語訳をとっておしまいの授業になっていませんか?
 それは長文の授業ではありません、英文解釈の授業です。もちろん単文を和訳できることは重要な基礎力ですが、それだけで長文の点数が跳ね上がることはあり得ません。訳せれば解けるならば、現代文でこれほど苦労することはないですよね?すべての文章を日本語に訳していく時間はありません。受験のときに時間が足らずに悩んでいる先輩を見たことがありませんか?多くの受験生が時間不足で悩んでいます。その原因はすべての文を丁寧に和訳しているからです。仕方がありません。その方法しか知らないのです。それしか教わらなかったのです。
 しかもその訳は直訳で、とても見れたものにはなりません。問題集や模試の解説を読んで、なんでこんな訳になるんだ?と思ったことはありませんか?直訳では足りないのです。構造をとるだけでは難関大学に相当する「翻訳力」を手に入れることはできません。全訳課題を何時間もかけてすること、それは直訳矯正を受けて、悪い癖を体に覚え込ませているだけの時間の無駄です。

 

・問題の解説が「文脈で」、「当然」、「ここに書いてあるので」で終わっていませんか?
 問題解説をあっさりすませてしまうことも非常に多くみられるものです。多くの授業や参考書で、「文脈から」というマジックワードですべての解説がすまされてしまいます。ひどい場合、答を読み上げて終わりということもあり得ます。手元に残るのは、「やっぱりできなかった…」という落胆と、「国語力が足りないからだ」というお説教。まったく違います。それは教える側の能力不足です。僕たちが知りたいのは、「なぜそうなるか」「なぜこの選択肢ではいけないのか」「どうしてそこを訳すことに気付けるのか」です。その解説なく問題文を読み込んだとしても、読み慣れはつくかもしれません(何年間も人の何倍も読み続ければ、ですが)、得点力には結びつかないでしょう。「文脈」「国語力」この二つでかたをつけられて、頭が悪いから…と落ち込んでしまう必要はありません。そんなもの何も関係ないのですから。「どういうことですか?」「どうしてですか?」という疑問に答えてくれない説明などなんの意味もありません。本文の全訳に時間を取られて設問解説はおざなりになっていませんか。重要なのは、本文よりも、設問です。点数をくれるのは本文ではなく設問なのですから。

 

・英作文、中学生の英語で、と言われていませんか?
 英作文の授業が高校時代、苦痛で仕方がありませんでした。誰かの書いた答案の添削、それも時制が違う、単数複数が違う、sが抜けている、ここではこういう表現が使える etc.それで授業が終わるのです。なんの意味があるのでしょう。自分が書いたのではない答案は自分の答案ではありません。他者の答案から吸収すべきものは確かにあるかもしれませんが、それがケアレスミスと表現集では、コストパフォーマンスが悪すぎます。「中学生の英語」でかけ!文法ミスをしないように!と言われていました。本当にそうでしょうか?難関大学の入試がそんなものだと思いますか?
 「空き缶を外の道路に捨てることは、とても悪いことだと私は思います。理由は二つあります。まず1つめ、空き缶を道路に捨てると道が汚れてしまうからです。道が汚れてみえると町が汚くみえます。私はそれがとても悲しい。そして二つめ、空き缶を外に捨てるとリサイクルをすることができません。リサイクルをすると資源を節約できます。なのに空き缶を外に捨てるとそれができなくなってしまいます。モッタイナイ。だから私は空き缶を外に捨てるのはよくないと思います。」という文章と
 「環境資源の保護のため、そして美観維持のために、ごみを適切に処理することが重要だ。空き缶などのごみを街路に捨ててしまうことは、街の美観を損なうことにつながる。すこしでも道路にごみが捨てられていれば、通りすがりの人もここはごみを捨てていい場所なんだ、と思って、よりごみが捨てられることになり、すぐにゴミ山ができてしまう。またゴミを適切に処理することで、リサイクルをすることが可能になる。町中に捨てられてしまうとただのごみとして処理することしかできないが、きちんと分別することで、リサイクルすることができ、資源の節約にも繋がる。我々はごみをきちんと処理するべきだ。資源を大事にすることが、将来を豊かにすることにつながる。」
いま適当に考えたものですが、どちらに点数をあげたいですか?難しい英文構築法を知らないからといって、簡単な英語でいいとするのは、怠慢です。難関大学に確実に合格しようと思うならば、きちんと難しい文章でも書ききれるだけの技術と力を身につけるべきです。読んでいる英文と同じように書ければいいのです。それはそれほど複雑なことではありません。ただ長文の構造を知らなければ、当然書ききることはできないでしょう。


・長文の背景説明がなされていますか?
 センター試験ならばいざ知らず、難関大学の2次試験では、きわめて高度で抽象的な内容が出題されます。保護関税政策の是非、美的価値とは何か、グローバリズムとローカリズム、アニミズムと宗教、などなど、多彩なテーマが出題されます。日本語訳みてもよくわかりません…という人も多くいます。英語の先生は英語の先生なので、よほどいい先生にあたらなければ、こうしたテーマ解説などは望むべくもないのです。「英語を学ぶ」ことはできても「英語で学ぶ」ことはできないのです。訳はとれてもちんぷんかんぷんで何もできなかった、ということになってしまわないように、日ごろから背景知識を増やし、知的好奇心をもって長文に触れていくことが重要ですが、一人ではなかなか難しいところです。


・他科目とのバランスが取れていますか?
 英語の点数をあげる、またはあげようとすることは簡単です。課題をたくさん出せばいいのです。これもこれもこれもやってこれもこれもこれも覚えろ!と言ってしまえば、課題を考える必要もない、生徒も勉強をする、失敗しても「ちゃんとやらなかったからだ」とエクスキューズができる。英語の先生にとってはそれでいいのです。が、受験生にとってはそうではありません。他科目の勉強もあり、英語だけができたところで大した意味はないのです。すべての科目をバランスよく間に合わせることが重要です。ですが、そうした科目間連携をとることはほとんどありません。どの教育機関でも、自分の担当科目がよければ、評価はされるものです。英語をがんばる時期、他の科目をがんばる時期がそれぞれあります。課題が少なければいいというわけではありません。適切な時期に適切なものを。そして適切な量を圧倒的な熱量でこなしていくことが難関大学への最短距離です。

 

 


頭が悪い、才能がない、そんなことは関係ありません。

これまでの努力の仕方がまずかっただけです。

難関大学にむけて、そして学問の楽しさにむけて。

適切な方法で懸命に努力をすれば、確実に結果は出ます。

楽に伸びるとは、いいません。

辛くて思ったようにいかなくて、涙を流すこともあるでしょう。

でもだからこそ、成長が実感できたときの喜びはひとしおです。

自分が成長していく喜びを、一緒に感じませんか。